ケイエスミラクルの彼岸 読了後感想
・この感想にあたっての諸注意
急ぎ用意した物なので所々上から目線な部分や日本語がおかしくなっているところもあると思います。また、筆者は語彙が貧弱なので何度も同じ言葉を使っているところも多々あると思います。
また、自分の引っかかったなと思った部分や自己解釈した箇所も蛇足な部分が殆どとなっています。
これらに関しては多めにみてくれると幸いです。
・総評
最高です。間違いなく、傑作と言える作品だと思います。
・展開、ストーリー
トレーナーとミラクルの思わぬ再会から始まったこの作品でしたが、初めから常にいい意味で想像を裏決っていくような作品だと思いました。
終始重苦しい雰囲気の中2人の物語は進みましたが、伏線、その回収において大きな矛盾を感じず、終始計算され尽くされた素晴らしい構成だったと思います。
特筆すべき点はやはり花言葉です。第一章では花言葉が段落終わりごとに記されていたので、初めは花言葉を交えて2人の生き様を示した展開とも思っていました。しかし、一章の後半から次第に花だけでなく、花の"色"(特に蒼)に焦点が置かれていく構成が特に素晴らしかったです。赤、黄、青という3つの色を軸にストーリーが展開されていき、終章直前にこの3つの色が信号機という形で収束していった事が分かった時は、やられたと思いました。美しいの一言に尽きます。
ただ、白のカスミソウは最初に登場して以降、あまり存在感を感じなかったのが少し引っかかってしまいました。これに関しては後にもう少し綴ろうと思います。
・キャラクター
主な登場人物は5人でしたが、この5人共全員キャラに確かな芯を感じました。
キャラごとに特徴をそれぞれ捉えており、まさにこの場面で、この娘が言いそうなことをはっきりと掴んでいてスッキリしました。
また、特に素晴らしかったのはトレーナーの人格です。初めはキザな部分が見え隠れしていたこともあり僅かに引っかかっていた部分もあったのですが、小説を読み進めていくうちに、トレーナーの信念を強く感じて好きになれました。時にはその信念がブレてしまったり衝突を引き起こしたこともあったと思いますが、最後まで自身の信念を貫いたトレーナーの姿に感動しました。
さらにミラクルについても、まだ育成ストーリーが実装されていない中でここまでキャラをはっきりと掴んでいるのが素晴らしいと思いました。自分が今まで読んできた小説の中でも、このミラクルのエミュはトップクラスだと思います。
・文体
非常に凝った文体で素晴らしいと思います。
特に比喩表現は目を見張るものが多く、自分では到底思いつきそうにもない上質な表現に脱帽しました。会話の掛け合いもとても自然に記されており、各シーンがそれぞれくっきりと見えて素晴らしいの一言です。さらに誤字脱字も文字数に対して非常に少ない所も好感を持てました。
さらに、罫線が戸惑いや足踏みなどの心情表現を仄かに表している点も素晴らしいと思います。
ただ、一つ気になった点として、若干接続詞が少ないのではないかと自分は感じました。細かい話ですが、特に前半は文の前後関係が僅かに読み取りにくい箇所がいくつかあったと思います。これも後に綴ろうと思います。
・詳細
ここでは個人的に気に入っている文章を切り抜きこんな所が好きだというのを垂れ流しています。主観100%で思っていることを語っているだけなので、ここは飛ばしてもらってもかまいません。
第一章
第1段落
【──本当に、いつ見ても美しいヒトだと思う。】
この文章は罫線が良い味を出していて非常に良い文章だと思います。
ここに「ああ」などの、感嘆詞で自身の感情を加えるとさらに良くなるのではないかと思います。
【色褪せた青いジーンズに革のジャケット姿。やはりパンツスタイルは、彼女らしいコーディネートだなと俺は思った。】
簡潔にまとめられた中でケイエスミラクルの全体像がよく分かる一文だと思いました。素晴らしいです。
【窓辺を彩ったカスミソウの残影を思い出す。ポタリ。彫刻のように真っ白な花びらから、透明な雫が滴った。】
この文章は特にオノマトペと隠喩が上手く混ぜ合わさっていて非常に美しい文章だなと感じました。第1段落の中で最も好きな表現です。
【終電近くの殺風景であり、疲れて流し見る街の景色でもあった。お陰で店名だけは知っている。きっと、そう言う人は他にもいるはずだ。】
このままでも十分だと思いますが、文頭に「また時には」をつけると前文との関係性がよく見えると思うので、個人的には加えても良いのではないかと思いました。
【最奥の棚には様々な種類の花が並べられている。野に咲く雑草の類だったり、見たこともないような花だったり。ラベルが貼られていたから名前は分かった。生い立ちや近縁種も書かれていたから退屈しなかった。
人の気配から逃げるようにして、ミラクルは道の端へ寄っていく。声のトーンを落として打ち明けた。】
とても良い文章だと思いましたが、「退屈しなかった〜人の気配から」の文の間に接続詞があるとトレーナーとミラクルの対比を感じられるのでなお良いと思います。
(自分はこう書きます)
人の気配から逃げるようにして、ミラクルは道の端へ寄っていく。声のトーンを落として打ち明けた。
→その一方でミラクルは人の気配から逃げるようにして、道の端へ寄っていく。そして声のトーンを落として打ち明けた。
【俺は随分と驚いたカオをしていたと思う。】
カオ→顔?
ただ自分はカタカナでもまた味が出ていると感じたので自分は直さなくても良いと思っています。
【まぁでも、そいういうことがあったんです」】
そいういう→そういう?
【でもやっぱり、あの歳で公共料金を払いに行くのは辛かったなぁ」】
ミラクルのこの言葉にリアル感が増していて凄く好きです。
自分は【彼女は「それからは」と続けた。】の前にミラクルの様子を表す地の文を少し交えると更に良くなるのではないかと思いました。
【ゴクリの唾を飲み込んだ。】
の→と?
【ミラクルは「うん」と頷いて、俺の左手を引いた。供える花を選びましょう。そんな、酷くやつれた言葉を口にした。
カスミソウ:花言葉は“心からの感謝”──学園に居た頃のみんなに感謝を込めて。綿毛のような花びらは純白に由来する。祝いの場にも適した花】
やつれた言葉という表現が素晴らしく、そんなやつれた言葉と対比するように淡々とカスミソウの説明が記されているのが非常に好きです。
第2段落
【ケイエス家の墓石は隣あった。】
隣あった→隣にあった?or隣合った〜
これは自分の読解力の問題かもしれないですが、自分は墓石が何の隣にあるかがどうしても掴めなかったです。
【まったく父も父で──。】
ケイエスミラクルの台詞の文頭にこれを持ってくる所にセンスを感じました。
【「謝らないで。悲しい時にまで嘘つかなくて良いからさ」】
ここのトレーナーまじでかっこいいっす。自分もこんな言葉をサラッと出せるような大人になりたいっす。
【「今だからこそ聞けますけど、何でおれを選んだんですか? 他にも有馬記念を目指してる娘とか、URAファイナルズを目指してる娘とか、色々といたのに」
「何でって。そりゃ才能の原石が転がってたら、誰だって磨きたくなるだろ」
得意げに胸を張ったら、ミラクルはクスリと綻んだ。
「ありがとうございます。リップサービスがお上手ですね」
「本心だよ。心の底からそう思ってる」】
ここの部分から文章の上品さをよく感じました。第2段落の中で1番好きです。
【時の流れとは、本来こうあるべきなのだ。そう思った。】
この文章も良いですね。「そう思った」を「確かにそう思った」にすると個人的にはなお良しです。
【赤の彼岸花:花言葉は“情熱”──花弁の先端に毒を含む。学生時代の、まるで死に物狂いだったケイエスミラクルに似ている花。その美しさの中に、どこか危うさを秘めている】
2段落目のケイエスミラクルの状態をよく表している文章で素晴らしいと思います。
ただ、自分は「花弁の先端に毒を含む。」の文頭に「しかし、その」を含めて毒を強調するとさらに良いと思います。
第3段落
【「今日はこの子にしましょうか」】
子→花?
【アナウンスの「東京医大病院前です」は、停車駅が新宿3丁目であることを示している。】
これは…丸の内線だッ!
ちなみに細かい話ですが、東京医大病院前のアナウンスは西新宿駅になります。
【俺たちはグルリと一望して空席を発掘した。】
この「発掘した」という表現も悪くないと思いますが、自分は単に「探す」で良いと思います。
【「確かに良い思い出──とは言えませんけど、まぁ、平気ですよ。ここに来れば、あの浮き出た骨の感触を思い出せるんです。当時は嫌で嫌で仕方無かったですが、今となっては。なんと言うんでしょう。お母さんがいるような感覚になれるんです」
0856室は時が止まっていた。その中で唯一、見舞いの花だけが枯れながら未来へと進んでいる。排水溝に散った花びらは、絵の具を吸ったように黒ずんでいた。】
ここのミラクルの台詞から生々しさをヒシヒシと感じて震えました。さらにその後に続く地の文から時間の経過を繊細に表していて素晴らしいと思いました。
【ケイエスミラクルが院内を巡りピアノを弾き終わるまでのシーン】
『日常の中に潜む非日常』をミラクルとそれぞれの患者の会話文、さらに「幻影」というスピリチュアルな存在も合わせて非常によく体現していると思います。
また、その中にただ1人取り残されたかのようなトレーナーがうっすらとでも悟り出すシーンも緻密に記されていて凄く好きです。
ここが第3段落で1番好きで、自分の心によく響きました。
【俺はグリップを握って、慣性を前方へ働かせた。】
この表現も悪くはないと思いますが、自分は「慣性を前方へ働かせた。」を「力を前にこめた」のようにするとさらに良いと思います。
【黄色のマリーゴールド:花言葉は“元気”──前を向いて欲しい。元気でいられますように。明るい願いを込めて贈られる花。笑っていよう、いつまでも】
この段落の〆も非常に素晴らしいと思います。花言葉をなぞらえて、重厚なストーリーが展開されておりこれからの段落がさらに楽しみになる一文でした。
第4段落
【呼ばれた張本人は面をあげる。】
ここは張本人を本人にしても良いと思います。
【返す言葉が見当たらないや。年甲斐も無かった。】
この文章もいいと思いますが、自分は『〜やら、〜やら。』のような形で一文で繋がっていればなお良いと思いました。
【寒いね。
俺は嘘をついた。】
ここの嘘吐きシーンが美しくてとても好きです。
【1人称が、変わっていた。ズルいって流石に。】
ここで一人称を転換する展開に脱帽しました。それに対してトレーナーの確かな動揺が感じられて好きです。
【謝罪禁止令を破られたのは、これが初めてだった。】
少し忘れかけていたこのワードを自然に引っ張ってくるあたり流石だなあという一言です。
【好きな花は何ですか? それで、本当に最後ですからね。】
個人的に1番胸に響いたシーンです。もう小難しく評価を行うことすら申し訳なくなってしまう程、素晴らしい文章です。
【「なんだか時代の流れに抗ってるみたいだな。無理にでも赤色であろうとするその必死さというか。そのうち一緒に見てみたいね」】
うーんこのちょっぴりキザなトレーナー。だがそれが良い味を出していて素晴らしいと思えた台詞でした。
【彼女の婉曲した右膝がコキリ、軋む。
赤の彼岸花。裏の花言葉は──“諦め”。
最後まで言いたくなかったんですけどね。
彼女は詰まりかけたセリフを、喉の奥から付け足した。(以下段落終わりまで)】
心の芯に響く描写というのは、読む人に何も言わせないほど圧巻な物であると、再認識出来ました。間違いなく、ここが4段落目の1番素晴らしい所です。
ただただ、美しい。この一言に尽きます。
第5段落
【冷え切った唐揚げを、こんなに食べられるワケがないじゃん。】
弁当という一つの繋がりもプツリと切れて、言葉に出来ぬようなトレーナーの心持ちがよく現れており素晴らしいと思います。
【両親のみならず、おれの命でさえ望むのか死神よ。そう嘆きながら枕を濡らしたことだろう。】
ここだけの話第2段落の死神が引き合いに出されるシーンで違和感を覚えていたのですが、この文章を読んだ途端に違和感もフッと消えました。
ここまでの段階で密かに、しかし確実と伏線が回収されていく。圧巻です。
【今更知ったところで、どうにもならない知識を得る。】
良い文章だと思いますが、ここの文頭に「どうせ」などと接続詞を付け加えるとさらによくなると思います。
【なんだよ感謝の旅って。全てが自分本位じゃないか。消しゴムで擦るだけの作業じゃないか。伝えたいことだけ伝えて、一方的にさようなら。君はそうやって、どこまでも白い鳥であろうとする。】
トレーナーのミラクルに対する密かな抗議、そして芯を強く感じた文章で素晴らしいと思います。
【いずれ枯れる運命が、どれほど美しいことなのか。
──変化するからこそ綺麗なモノもある。
正解だと思った。偽物を定位置──デスク右横に戻して頷いてみる。納得はできなかったけれど、妥協はできた。そんな気がした。】
有限の美に気づくこのシーンに上品さを強く感じて好きです。
【そうだ。違和感を覚えていたんだ。0856室。その4桁のネームプレートに「ケイエス様」と書かれていたことに。ミラクルはお母さんの名前だと言い張ったけど、嘘だったらしい。そのネームプレートは紛れもなくミラクル自身を指していた。】
伏線回収の中で、1番衝撃を受けました。
回収されても矛盾点が一切ない状態で、綺麗に、そして何よりも美しく回収されていく展開に脱帽です。
【また君は、ファンデーションの裏側に嘘を隠していたんだね。情けなくなった。本当に、何ひとつとして見抜けてない。】
ここもか、と。それのみです。自分はこの展開にひれ伏すぐらいしか出来ません。
【「数十年後も忘れないで下さいね、俺が死んでも。ふとした時に思い出してくれたら、それで十分なので」】
俺→オレorおれ?
【『不変』】
蒼の彼岸花と通ずる物があり美しいと感じました。
【おれは、濁ったまま死にたくないんです】
後の文からも詳細に出てきますが、ミラクルの信念を簡潔に、そしてはっきりと感じたこの台詞はとても好きです。
【まるでプログラミングされたコンピューターのように、ミラクルは最適解を導き出しているだけに過ぎない。】
ここの直喩表現に、全てが詰まってますね。自分でも容易に理解できるぐらい、簡潔にまとめられていて美しいです。
【それは過去に1度だって見たことがないカオで、今にも崩れ落ちそうなことだけが確かだった。】
カオ→顔?
ただ、強調表現なのか実際に判別が出来なかったので、この誤字に関してはあまり自信がありません。
【亡くなった先──見ることの叶わない未来に期待を寄せて、君は贈った者に「そうであって欲しい」と願ったんだ。ある意味で、花言葉の裏に己の欲望を隠したと言える。】
これも第5段落の中で1番好きです。美しいの一言に尽きます。
【言わせないで下さよ……」】
さよ→さいよ?
【おれご中長距離を走れていたら。】
おれご→おれが?
【「放っておけないんだよ俺だって。こうしてまで助けたくなるくらい、君のことを大切に思ってる。あのね、大切に思う人がいるからこそ、君は100点満点なんて言わずに1000点でも10000点でも求めて良いんだよ」】
こういう事が言えるような人間になりたいと、
真に思えた台詞でした。美しいです。
【蒼い彼岸花:花言葉は“──”。存在しない花に、言の葉は当てられない。言い換えると、その空白は自由に埋められる。どんな表現がピッタリなのだろう。“元気”かな? “感謝”かな? それは2人でじっくり決めようね】
この空白を埋める旅がまたこれから始まると思うと、胸がじんわりしますね。素晴らしいです。
第二章
第1段落
【そうなったら、お代はピアノで払いますね。演奏料ってことで】
このトレーナーらしさがよく詰まってますね。言葉選びが素晴らしいです。
【ベッドが届くまでは、そこに埋もれててもらう。】
この時点で良い文だと思いましたが、「そこに埋もれてもらうことにした」のように一時的な時間を表すとさらに鮮明になるのではないか、と自分は思いました。
【彼女は淑女である前に親友である。】
ミラクルとルビーの関係性を、簡潔にくっきりと表している文で好きです。この段落の中で最も好きです。
【それだけだった。滞在時間にして15分。制限時間がくると黒塗りの車の中へと消えた。それでも、言葉足らずとは決して思わなかった。】
ここは特にルビーらしさを感じます。多くを話そうとせず、僅かな時間と会話で完結させようとするあたり、あげ先生のエミュ力の凄みを感じました。
第2段落
【渡す前に、少しイタズラしてやろうと思った。ミラクルの首筋に、背後からピトリとくっつける。車椅子から垂れた尻尾がピンと跳ねた。】
ここにトレーナーの前向きさとユーモアをよく感じます。少しでもミラクルを元気付けようと、笑顔を増やそうとするトレーナーに惚れました。
【「運命ってヤツっしょ」】
まさにヘリオスが言ってくれそうな台詞。このあたりからそれぞれの性格を正確に突いてきて凄く好きです。(エや下)
【アタシだったら隣にいてくれる人から隠し事されたら嫌だけどな】
「だけどな」を「だよ」に変えてみたりするとよりヘリオス味が上がるのではないかと思いました。
【君が大人になっていくその時間は、降り積もる間に俺も進んでいく。】
この場面で奏の引用が心に響きます。美しいの一言です。
【俺は今、彼女と同じ末路を辿ろうとしていることに気がついた。】
素晴らしいです。ここでトレーナーが自身を軌道修正しようと、同じ道には進ませないと歯止めが効かせようと、はっきりと分かりました。
【センチメンタル。】
この作品の中で1番不意打ちを受けたシーンです。「センチメンタル」を体言止めで使うという大な行為、しかし趣旨をよく掴んでいるこの一文には頭が上がらないです。この段落の中で最も好きな部分です。
【ミラクルはヨロヨロと立ち上がる。今にも転びそうだった。支えるために俺も立ち上がった。パチリ、とお互いに目が合った。
あぁ──今しかないな、と俺は思った。】
覚悟を決めたこのトレーナー、漢ですね。自分も惚れてしまいそうです。
第3段落
【俺は、その「ですから」に込められた真意を推察した。もう長くないですから。きっと、そういう意味なのだろうと思った。
──そんなの分かってる。
分かってはいた。理解していた。しかし専門医からハッキリと言われれば、心に刺さるモノはある。死神の足音が聞こえる。】
この文章から運命の残酷さを強く感じましたが、その中に妙に自分を引く美しさがあると思えた文章です。とても好きです。
【ヒトをダメにしていたソファには座らない。膝を折り曲げると痛いんだってさ。ミラクルは硬いベッドを好んだ。代わりに、俺がダメにされていた。案外、これでも寝られるんだなと思った。】
一時的に取り戻した日常が逆転していく様がソファとベッドを交えてよく記されていると思います。とても心を打たれました。
【1つとして胃に収まらなかった。ひと口齧って、ごちそうさまでした。トイレで吐き出した。これじゃあ食べてないのと同じですね。冗談じゃない。笑えない。】
ここでは時の残酷さを感じますね。素晴らしいです。
いちゃもんになって申し訳ないですが、1つとしての前に「結局」などの接続詞を付け加えるとさらに前後の繋がりが見えて良くなるかもと思いました(ただ、これは無くても充分だと思います)
【担当の枠組みすら超えて一緒に過ごそうと、知らないことがあった。】
トレーナーの気付きに感動しますね。
ここは「過ごそうと」を「過ごそうと心がけると」のような感じにするとさらに良くなると思います。
【ミラクルは数多ある欲望を、最大公約数で割り切った。もう満足すると決めたのだ。加えられなかった点数を、共通項で括りきった。】
ここで数学的文章表現を初めて出してきてびっくりしましたが、まさに今の状態を的確に示している文章でとても好きです。
【リピートが、いつまでも終わらない。まるで空前の灯火のように、終わりかけた曲を繰り返す。その指を止めなかった。途絶えさせないように。親子2代で引き継いだ、その曲を紡ぎながら。あぁ、命の繋がる音がする。背中の産毛がゾワリと反り返るほど強く、彼女は鍵盤を叩きつけた。】
溢れ出る生の執着を、「リピート」「途絶えさせないように」などのワードからもよく読み取れる文章で素晴らしいと思います。
【もっと早くに出会えていれば。もっと早くから治療をしていれば。君から癌を分け与えてもらって一緒に苦しめたのなら、どれだけ。】
解釈が色々ありそうですが、個人的にトレーナーが持つ一種の愛の呪いのように感ぜられて震えました。この段落の中では1番好きです。
第4段落
【縦に書き連ねた願望は、全てが悲願に違いない。彼女は決して達成されることのない絵空事を、物語チックに構成する。】
願望がフィクションへと、ある意味昇華されている所が非常によく感じられて好きです。
【「やっぱり俺、ミラクルのこと──」
俺はミラクルにシャツ襟を、グイと引っ張られた。パイプ椅子に座っていたせいで、よろけて少し前屈みになった。ミラクルは上半身を起こしたまま、静かに唇を寄せる。ピトリと、柔らかな感触が俺の唇に張り付いた。
「ダメですよ。その台詞は来世で伝えてください。待ってますから」
(一部省略)
「足掻いてる人は生きる希望を与えられた瞬間に、天国に行っちゃうんですよ」
「……そっか」
「それを聞いてしまったらおれ、嬉しくって多分──ダメになっちゃいそうで。だから来世でお願いします。イジワルでも何でもなくて、そう、これが『誓い』です」】
ここが、この作品の中で、私が最も好きな部分です。
儚い、その一言に尽きます。
【コツン。俺より温かい。】
体温が下がり続けているミラクルでも、このように心は凍てつかずより温かさを増している部分に、ミラクルの「幸福」な感情を非常によく表していて素晴らしいと思います。
【親指が静脈に触れたから脈を測って後悔。既に音も光も匂いも、殆ど。】
ここで体言止めを使って文章のインパクトをより上げることによって、ミラクルの今の状態を強調しているように感じられて好きです。
【プァッーッと、軽自動車のクラクションがクロノスタシスに亀裂を入れた。一瞬遅れて、閉じ込められていた俺の無意識が十字交差点の信号機を捉えた。終わりが来たらしい。
黄。
赤。
青。
チカチカと明滅を繰り返して、やがてピタリと、停止した。】
非常に美しい表現だと思います。
黄、赤、青というここから暗示させられる3つの花々も色褪せた時、肉体も精神もついに消失したという事実が軽自動車のクラクションや十字交差点を舞台に記されており、伏線回収、展開、文体全てが素晴らしいと感じられました。
終章
【まだ生きているような気さえする。クローゼットにまとめたら、辺りに彼女の匂いが漂った。この香りが時を経て俺の匂いに染まるなら、それは少し寂しいような気もした。それでも進むと決めている。】
トレーナーの非常に強い決意を感じます。まさに、このトレーナーは立派な漢であると改めて思えました。
【4人での墓参りのシーン】
大変素晴らしいと思いますが、ここにカスミソウに関するシーンを挿入すると、さらにこの終章に厚みが増すのではないかと思います。
完全に自分の願望ですが、ここでトレーナーがふとカスミソウを思い出して、その花言葉をじっくりと噛み締めるシーンを書き足したくなるなあと思いました。
【ガラスは墓石の裏側に飛び降りた。】
ガラス→カラス?
【頭の上に止まっているから、俺は見えていない。両手を差し出した。ポトリと落とされた。
「はッ……? なんで……?」
俺の両手に蒼色の彼岸花が咲いている。ポリエステルとは違って、フニフニとした茎だ。細く散らばる花びらが瑞々しいツヤを帯びている。誰がどう見たって、生花だった。
「お前……もしかして」
まるで返事をするみたいにカラスはカァ、と鳴いた。俺の頭から飛び降りて、クチバシで彼岸花を回収した。ついでに供物を突いて、唐揚げを1つ飲み込んだ。】
初めから時々存在感を放っていたカラスもこのような意味を持つということに非常に驚きました。ここまでの展開が全て計算尽くされていたものなのだと、改めて認識する事ができました。
【探しきれなかった、蒼い言葉を君と作る。
伝えられなかった、青い台詞を君に誓う。】
最後のこの文章がこの小説の全てを的確に捉えておりとても好きです。まさに〆にふさわしい文章だと思いました。
・最後に
長々とここまで記させてもらいましたが、本当に素晴らしいものを読ませていただきました。間違いなく今まで読んできたウマ娘小説の中では1番心に響いた作品です。
最後になりますが、この作品を見せてくださったあげ先生に最大限の感謝を申し上げます。